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ずんだもちのすみのほう

まんなかのほうは、あなたへ。

全てをポジティブに受け入れなきゃダメなのかな? <神様とのおしゃべり>

みなさん、こんにちは。

 

お金が本当になくなってきて危険なズンダです。
もう、何でしょう、自分の、宵越しの金は持たない感。
お金ないんですが、金沢に行きたくて旅行の計画を立てたりしていたズンダです。

・・・ちゃんと諦めたよ!旅行は!!

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旅行のためのお金ためよう・・・!

 

21世紀美術館に行きたい・・・・!

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なんかプールのヤツ見たい

 

 

さて、そんなお金の無いズンダはお金のかからない事をして時間をつぶしています。
前回に引き続き幸せの研究をしようかと思います。

zundamochi-sumikko.hatenablog.com

 

大丈夫です、私は宗教関係者に虐げられて仕事をやめたりしません。
出家の予定は今のところありません!

 

ちなみに前回の記事を読んだ同居人から、「ズンダのスーパースペクタルな映画みたい」とリクエストされました。制作費用がありません。

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最後はみんなで踊りましょうか。

 

 

さてさて、何か事実があっても、それを良いと思うか悪いと思うかは、本人の判断基準によるものだというのはわかります。例えばバラを見て「綺麗だな」と思い幸せを感じれる人もいますし、「とげとげしい」と思って嫌な気持ちになる人もいます。クロネコを見て「縁起が悪い」と思う人もいますが、「かわいい!ヌッコ!!」と思う人もいます。

ある程度は自分の価値観ですね。幸せってやつも。

 

ということで今日の本。

神さまとのおしゃべり -あなたの常識は、誰かの非常識-

神さまとのおしゃべり -あなたの常識は、誰かの非常識-

 

 このデザインはとっても良いと思います。

 

本の感想

 主人公のみつろうが、神様と出会い会話形式で進んでいく本。今までの認識の仕方など、間違いに気付き前向きに暮らしていこうと思って、めでたしめでたしで終わる本作。

一言で感想を言うと、「全然よくなかった」。

途中から読むのを何度も辞めようと思ったけど、(何せ510ページもある)頑張って読み終えました。

何がダメかって、まずみつろうがバカすぎる。すぐ神様の言うことを理解して、TVにでてるリアクション芸人なの・・・?というほど反応する。あと面白おかしく笑わそうとした文体、なんか結果滑ってる。こういう雰囲気が好きな人もいるんだろう、恐らく学生辺りじゃないかな?社会人はきついところがあるんじゃないかな、とは思った。

とにかく無駄な会話がダラダラ続いていて、要点を纏めたらもっとわかりやすいシンプルな本になりそうなのに、510Pも綴る意味ある?!ってなる。

 

本書いわく「この世はあなたの望み通り。起こったことは全て、あなたが望んだんだから起こっている。」らしく、そうでは無いと感じるのは①願ったことすら忘れた か、②願いが複雑で叶っても気付かない か、③間違った願い方をした らしい。
その具体的な説明として、本の始めに書かれていた、この本の要にもなりそうな考え方のところを引用します。

(上司の新築パーティーにて豪邸を建てたいと思っているみつろうと神様の会話)

神さま「お前の信じている「サラリーマンは豪邸なんて建てられない」を願いの形に変形すると、どうなる?

「サラリーマンは豪邸を建てないで欲しい!」になるじゃないか。「どうか俺よ、豪邸だけは建てないでおくれよ!」って、お前が願って折るんじゃそ?ほら、目の前で「アパート暮らし(=現実)」が願いどおりにかなっておるよ。」

みつろう「でも「サラリーマンは豪邸なんて建てられる」だなんて、信じられるわけないじゃん。この不況の時代に!」

神さま「だから、別に信じなくてもいいんじゃってば。なにを信じるのも全てその人の自由じゃよ。神でも止められんよ。そして当然、なにを信じたって、その願いはかなえてやる。ようするに、信じたとこは、全て現実となる。

そうなんですかね、そうなんですかね。
じゃあアラブのお金持ちは私のことが(一度も会ったことが無いけど)好きだから、(お金をかけて色々調べて)私の口座に100万振り込んでくれる、と思ったら現実になりますかね?
貧しい国に生まれた子が、勉強をしたい、日本に行きたい、私は行ける、と信じたら現実になりますかね。むしろその子は貧しい国に生まれたいと思ったのですかね、もそもそ。信じたことは現実になるということはつまりそう事を意味するだと思うんだけど。
主人公のみつろうは空中から100円億円が現れると信じたら現れるのか?と聞き、そうだと神様に教えられる。だが100億円は出てこないから、そのあと神様に毒づくんだけど、神様の言い分が口でなんと言おうと、こころでは別のことを信じているっていう。みつろうが「空中から物質は出現しない」って信じてるから出てこないっていう。

・・・・なにこれ??

・・・・・・何とでもいえない???

アラブのお金持ちは私にお金を振り込まないって信じてるから、振り込まれないんだよって、言えない??

色々こねくり回して、何とでだって言えない・・・・??

また、この信じたとこは、全て現実となるの説明として下記のように話が進む。

 神さま「お前は今、「バラは美しい」と言った。

じゃがある人は、バラを見て「トゲトゲしい」と言うんじゃ。「事実」というバラがもしあるのなら、全てが同じ答えになるはずじゃないか?
しかし、バラを見る人の数だけ答えは違う。それぞれが見たいように現実を見ておる証拠じゃ。」

 どこら辺が、それぞれ見たいように現実を見ている証拠なのでしょうかね。
感じ方や、概念が違うだけで、バラを見ているという現実は同じだとおもうけども。
神さまの「現実」の定義が今いちわからない。

神さま「信じたいように、何かを信じて、解釈したいように、解釈し、それを人間は「現実」と呼んでおるだけなんじゃよ。「事実」というバラがなかったように、たった一つの事実なんてどこにもない。あるのは見る人それぞれの、「解釈」だけじゃ。」

 ちょっとまって!新一呼んできて!
私今、蘭越えるくらいに新一欲してる!
生まれてきて今、一番、新一欲してる!

みつろう「たしかにそう言われると、バラは見る人それぞれで、違うようにみえていますもんね。解釈の数だけ、そこに「現実」があるのか。」

神さま「ちなみにこれは脳化学者も突き止めておるぞ。
「現実」なんてどこにもないとな。
「現実」とは、その人の視覚、触覚、味覚、痛覚から来た電気信号を基に、脳内で勝手に作り上げている架空のもので、人の数だけ、異なる「現実」があることを彼らはもう知っておるよ。」

みつろう「すごい世の中になってきてますね!脳化学者も、物理学者も、「現実なんてない、あるのは解釈だけ」だと言ってるんですか?

神さま「脳化学者、物理学者どころか、ありとあらゆる最先端の研究者は、みんなもう気づいとるよ。学んでみるといい。」

みつろう「勉強はんたーい!」

だれ?!ありとあらゆる最先端の研究者ってだれ?
その論文どれ?!引用無いけど、どれ!?!?

あと、神さまとみつろうの掛け合い全然面白くない。

後半でみつろうの子供の友達の父親が死ぬんだけど、じゃあ、この父親の死は、みつろうが望んだって事なんだろうか?そういった説明も何も無く、意味不明な感動を誘う言葉のこねくり回しが始まって本当に「???」という感じでした。

 

 

何でこんなにポジティブに考えなきゃいけないのか?

そもそも傷ついたり、マイナス思考になったり、人生に自分が思う「悪い」ことがあってもいいと思うんですね。この本では「失恋」が悲しいのは、その人が失恋が悲しいことだと認識しているから、と言うんですね。
好きな人に、別に好きな人が出来て、自分から離れていったら悲しくないですかね?
悲しんでいいと思うんですけども。素直に。
なんでこんなに全てを、思想をこねくり回して、良かったことにしなくてはいけないんですかね。
なんで自分の願いは全て叶っていて、幸せだと思い込まなきゃいけないんですかね。
人生って理不尽だと思うんですよね。全然コントロールできないと思うんですけど。
不運に理由なんて無いんですよ。これじゃ3.11だって誰かが望んだことになっちゃう。

 

 

この本で学んだこと

本のデザインはとても良いので、見てもいいかもしれないな、ということ。

 

 

傷ついた心をそのままにしていないかい?

 さてさて、アマゾンのレビューを見ると、感動して、人生が動き始めた方もいらっしゃるようなんですね、まぁ、この本読んでなくても、きっと人生は動いてたんだと思うんですけども、個人的に。
それで、私は酷評しましたが、この本が一部の人かもしれませんが、支持されているんですね。
やっぱりみんな傷ついたりして、辛いんじゃないかなぁ。それで、私みたく、幸せになろうと、がんばっているんじゃないかなって。
だけども、その前に、傷ついた心をそのままにしてない?ちゃんとケアしてる?
ということでお勧めのTEDの動画でもどうぞ。

 


How to practice emotional first aid | Guy Winch

17分あるけど、上の本を読むより短く済むし、本当にお勧めの動画。

 

さてさて、皆さんは、包丁なんかで指を切ってしまったときに、すぐにばんそこうを貼りませんか?

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フランスパンでなはく、バンソコウを貼っているところです

では、沢山体力を使ったら休憩したりしませんか?

じゃあ、たわいのない言葉で少し傷ついたときはどうしてますか?

体の傷にばんそこうを貼ったように、すぐに応急処置していますか?

とっても傷ついたときはどうですか?そんなの忘れよう、気にしないようにしようとしてませんか?

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良くあることだもんね。

骨を折った人に、気にするなよ、気の持ちようだ、今すぐ歩けるよ、なんていいますか?

言わないですよね。

どうして私たちは心の傷を負ったときに、体の傷と同じ様に応急処置をしないのでしょうか?

心のほうが、ずっと傷つきやすいのにね。

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もうすこし丈夫になっておくれ

 感情にも応急処置が必要だと上の動画は教えてくれます。

是非最後まで見て欲しいです。私は11分3秒あたりで話してるところが心にずーんと来ました。

英語を勉強中の方も是非。

 

さてさて、本はあまり合わなかったけど、すてきなTEDの動画はありました。

私はこの世は不条理で不平等だと思うけど、自分の友人が心を痛めたら、

サッとばんそこうを貼れる人になれればな、と思いました。

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バンソコウいるー??

 

では、長くなりましたが、本日はここまで。

 

皆さん、良い夜を。

 

 

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